ご案内 自己紹介 ブログ 掲示板入口 ショッピング 写真集 レポート 動画 記念画像 特別 リンク メール
[TOPへ戻る]

2010/12/10

N17 - 第17回新潟旅行 2日目 - 「沼垂駅よ永遠に」

ポスト @ 17:17:17 | 撮影記,旅行

17回目の新潟への再上陸。
最期の理想郷に聖なる凱歌よ響け、N17。
Last Utopia & Holy Land Anthem

朝9時過ぎに目が覚める。

眠い目をこすりつつも、顔を洗いシャキッとして出発。

朝10時過ぎ、新幹線の下をくぐりつつ長岡を通過。

11時前、新潟市の看板が見え、ようやく新潟市入りした。
とはいえ政令都市、いくつかの周辺市町村が合併しており、
新潟市街はまだまだ先。

そして、クルマは新潟市街へは向かわず、某撮影地へ。
到着して早々、EF81 501の貨物が来た。

いかんせん急な展開ではある(苦笑)

▲11:24 いつ来てもここは居心地が良い
新潟旅行のイメージカラーとする緑と濃緑の旧新潟色115系。

▲11:34 ほどなくしてEF510-20の貨物が走り抜けていった

今回のNはさして、鉄が主体というわけでもない。
早々に撤退し、新潟市街へと向かうことにする。

新潟交通のバスが見え始め、

ようやく新潟市街へ上陸。上陸曲をBGMにかつての故郷、沼垂へと向かう。

昼食をとるために、沼垂の栄華楼へ到着。まだ餃子ライスありますか〜?


ヽ(゚∀゚)丿ヽ(゚∀゚)丿

やっぱりウマいったらない。

13時過ぎ、昼食を済ませ沼垂駅の踏切へ行く。
そこには・・・・。



息絶えた、沼垂駅が朽ち続けていた・・・・・・・・。




(T_T)



(ToT)

茫然自失だった。人知れず涙が零れた。
「永遠など無いのだ、諸行無常である」と、そう思った。

明治時代は新潟の中心駅でもあった
2階のアパートの窓から眺めた、
幼少当時の沼垂貨物駅の喧噪と活気は今やもう、
信号も命の灯を消し、息の根を止められた。
後に調べたところ、2010年3月25日付で廃止となったようである。

終わりを見届けることができて良かったのかな、とも思った自分がいたが・・・・。
未だ心中は複雑である。

車中の三脚から踏切をバックに自分を撮って、場を辞した。
旧家は後で訪れよう・・・・。

新潟市内を軽くドライブする。

新潟駅の通りを走って、反転し・・・・
八千代橋や昭和大橋を渡りながら

古町の大通りを再び新潟駅方面へ。

萬代橋(万代橋)は新潟を代表する橋の一つである。


2002年5月に供用開始した、信濃川の河口をくぐる新潟みなとトンネル。

臨港道路である

信濃川河口の東側へ出て、新潟市街を向いて走る。
片側2車線の変則的な道路を走れば

東新潟港駅の廃線跡に到着。
廃線と書いたが、実は廃線ではない。wikiによれば2010年現在休止状態とのこと。




▲14:41 エルガが走っていった

▲まだJR貨物の所有地ではある

▲海側はすでに歩道と化しているが

再びクルマを出す。

▲沼垂の町を走る。かつての故郷をクルマで走るだけでも幸せである

▲今度は萬代橋を新潟駅側から走っていく

▲古町前も大きなタワーが建ちすっかり都会に
海へ向かい、西海岸公園へ到着。


▲悪天候時は荒れ狂う日本海も、今日は穏やかだった


▲海の家が並んでおり、夏はにぎわいを見せる

▲大学時代、挫折し留年を前にして涙したこともあった
それが色々あってこうやって無事に新潟に降り立ち、旅行している。
人生、何があるかわからないものだ

▲小学校時代の遠足で遊んだお城も健在 心和ませる

車を走らせ、夜の新潟市街をひた走る。
チェックインは18時前に済ませたが、

シャワーを浴びるなど身支度して

ホテルハイマートを20時前に出る。

新潟のビジネスホテルは競争が激しく、
宿泊サイトなどを上手く利用すれば
シングル1泊4000円台で余裕で泊まれる。

<執筆中・写真多くなるため
2日目を2部構成にすることも検討中>

Comments in Forum

6 Comments