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カテゴリー : 旅行

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2008/05/24

R299に捧げる協奏曲

ポスト @ 15:39:10 | 撮影記,旅行

5/21 R1-西湘-国府津マキシ-R255-大井松田IC-御殿場IC-ACTマキシ-R138-山中湖-
河口湖大橋-R137一宮御坂-甲府マキシ-R20-小淵沢-甲斐小泉 車中泊
5/22 R141 野辺山 小海 中込 佐久平ETCPA-小諸IC 小諸 - R141-R299
十石峠・志賀坂峠-県道37-三峰口 R140-雁坂トンネル-甲府-R358-県道71-
西富士道路-東名-沼津
超マゾヒスティック長距離行 ハイブリッド気動車を求めてアテもなく


ひたすら続く山道と孤独に礼賛の喜びを与えよう
5/22 9:53 小諸にて

2008/04/27

連れと旅行 その2

ポスト @ 20:52:54 | 日記,旅行

茂原のホテルで、朝8時頃起床。
ホテルの朝食は思いの外美味しく、得した気分。
ホテルを10時頃チェックアウトして、アテもなく彷徨う。
九十九里浜を走ってみることにして、ひとまず
茂原からR128を南下して、上総一ノ宮方面へと出る。(地図
太東あたりから海沿いを北上して、やがて九十九里有料道路へ。
通行料400円を払い、有料道路へ入ってすぐ、休憩所を発見。
おみやげ買ったり、景色を眺めたりする。


▲千葉・茨城・栃木限定というマックスコーヒー(今では販売地域が広がっている)
加糖練乳が原材料表示ののトップに来るというさわやかな甘ったるさ、
自分も熱狂的な愛好者の一人。

▲60キロも続く九十九里浜は、サーファー達が絶えず訪れる。

休憩所を出て、延々と海岸をドライブ。
おとといから風邪をひいており、のどを痛め、声は最悪だが
気分は最高、絶好調。ゆったりと海岸を駆け抜けて、
そのまま海沿いの県道30号を、更に北東上。
自分の車の、前後ともに車はなく、果てしない田舎ドライビング。
人里を抜けて、田んぼが左右に広がる中を延々と走る。
1時間ほど走っただろうか、車はやがて、銚子市へと上陸していた。

元銚子有料道路を通って、海側へ出て、走っていると
ウォッセ21という水産センターを発見。
早速入ってみる。車を駐車場に止めると、観光らしきボンネットバスが止まっていた。

▲茨城の土浦ナンバーだった

このセンターの中のレストランで食事。

▲海鮮丼。1780円

▲まぐろのほお肉ステーキ。1050円

▲いわしのつみれ汁。350円。
これらを二人で食べた。
値段は割高感があるが、味はしっかりしていて、
海鮮丼の刺身などの具も美味しく、満足行く食事だった。

センターで写真展をやっており、なぜか額縁の設置をちょっとだけ
手伝った時に、その額縁の中の写真を見た。
それは、手伝った本人の、90歳を越えるという写真家の、
屏風ヶ浦の夕日と荒波を、大胆に切り取った作品で、思わず息をのむ。
写真を見て心が震えたのは久々のこと、一生忘れない記憶だった。

満足してセンターを出て、気まぐれにも銚子電鉄を撮りに行く。
若干道に迷って、見つかって、撮影したところが・・・・・、



車庫のある仲の町(なかのちょう)駅だった。
150円で硬券の入場券を買うと、構内を見学できる。




最後に、定番のぬれ煎餅を買って、仲の町駅を離れる。

この日の最終目的地は、千葉県でも、茨城県でもなく、栃木県でもなく、

埼 玉 県 の 川 口 (えええええ

すでに時間は15時半。とりあえず霞ヶ浦で夕日を拝むことにし、
途中常磐道か東北道へ入り、川口を目指すことにする。(地図
R124で霞ヶ浦方面へ向かい、水郷有料道路で潮来(いたこ)を通過。
霞ヶ浦の北側を、岸沿いにR355で北上していく。
R354との交点で、西へと向かい、道の駅たまつくりで休憩。

鯉のぼりがたくさんつるしてあるタワーだが、あいにく17時30分で閉館。
露店も閉まっており、なんとも間が悪い(苦笑)

▲日は暮れゆく

そんな中、車を発進させ、霞ヶ浦大橋を通り、切ない夕日は暮れていった。
山間を抜けて、夕方の土浦へと上陸して、あとは常磐道・外環道で川口へと上陸。
途中、柏で渋滞との情報だったが、時速60キロぐらいでゆっくり流れて、
車が止まることはなく、いたって順調なドライブだった。

川口の駅前のホテルへ20時過ぎに到着。
朝は田舎、夜は都会という落差に、旅行の実感がわいてくる。
ふたりで、近くの居酒屋で酒を飲んで、ホテルへ戻って二人して寝た。

<その3へ続く>

2008/03/11

第一日目 - 第13回新潟旅行

ポスト @ 23:59:59 | 旅行

職場での最後の仕事を終え、家へいったん帰る。
朝10時ちょっと前に、自宅を出発。
御殿場を経由して、朝11時頃、山中湖に到着。

山中湖は道の端に所々雪が残るも、暖かかった。
富士山の写真など撮って、再び出発する。

河口湖のガソリンスタンドで満タン補給して、中央自動車道・河口湖ICから高速入り。
途中の談合坂SAで昼食。フジザクラポークの角煮麺がウマかった。

去年6月23日に開通した圏央道、八王子JCT〜あきる野ICを通って、
これで都心を通らずに中央道から関越道にまわることができる。
道中は快適で、順調に関越道まで合流できた。
ここから、約270km。長い長い新潟への道のりが始まる。

▲途中の上里SAにて、新潟の看板と愛車を絡める(14:05)
水上を抜け、延々と走り続けるとついに関越トンネルの入り口、谷川岳PAへ到着。

▲約11kmの長さを誇る自動車最長トンネル、関越トンネルの入り口。

そして、11kmの長い道のりを超え、群馬県から新潟県へ。

▲土樽PAにて撮影。雪山に囲まれ、新潟県へ上陸。

雪中の関越道、湯沢を走り抜ける。
道は除雪されており、ノーマルタイヤでも楽々走行。
だがフェンスの外は雪原が広がっており、豪雪を感じさせる。
今年は寒く、よく雪が降ったであろう・・・・。

▲16:30頃、越後川口SAに到着。
雪積もる中を苦労して歩いて踏み越えて、展望台から見えた景色は・・・・。

眼前に広がる、信濃川の流れだった・・・・!

除雪車の車庫入りを見て、雄大な自然に畏怖しながら、越後川口SAを去る。

そして、長い道のりを経て、ついに私は17:30過ぎ、新潟へと上陸した。
このときのために用意した Last Utopia-Holy Land Anthemの
永久ループをBGMに、粛然と万感の思いを込めて、新潟市への上陸を彩る。

そして、まず新潟旅行での飲み屋のベースキャンプとしている
沼垂の山小屋へと向かうが・・・・。

マスターがお休みで20日まで営業しないとのこと(T_T)エー
非常に残念。
顔なじみのママさんに状況を聞いてみると、
月に10日間休んでがんセンターに入院して、20日間働いているとのこと。
非常に残念。
マスターの息子さんがやっている、駅前の山小屋を紹介してもらい、
まずホテルにチェックイン。車をおいて、積み込んだ自転車で移動開始。

▲しばらく戻ってこられない景色であろう。懸命に、撮り収める(18:32)
そして、駅前の山小屋に行く。何回か前の新潟旅行からお世話になっている、
マスターの息子さん。マスターにそっくりである(^^)
マスターに渡す予定であった、おみやげを渡していろいろお話をしながらお酌。

ご厚意で春の山菜の天ぷらなどいただいたり、非常に感謝。
今回の新潟旅行のベースキャンプとなる飲み屋に決定した。
ここでマスターの入院している部屋番号を教えていただき、明日以降、
お見舞いに行くことにした。地元静岡の写真など、渡したいおみやげはまだまだある。

そう、生きていく上で、いろんなものをもらったから。
「人生はリズムよく、タイミング良く」という言葉も。
彼の登山という趣味に学ぶ、物事に、真剣に、我慢強く取り組むという姿勢も。
己の第二の故郷で、挫けそうな心を癒して、より強くなっていく力も。

だから尽くす。私は、彼のために尽くす。
尊敬すべき、人生の先輩に向けて。

そして、一旦駅前の山小屋を出て、沼垂の飲み屋を探して移動する。
初めて入る焼き鳥居酒屋で気になっていた、「一番どり」。

入ってみると、とてもアットホームな雰囲気を一瞬で感じた。
コレは居心地がいいと、直感で感じる。お客様を迎える雰囲気だ。
「自分は沼垂者(ぬったりもん)だった」という話から始めていくと
常連らしき客達と意気投合。楽しく杯を酌み交わす。
また、再会することを約束して、一番どりを去る。

そして、かつて住んでいた家に向かって、ゆっくり移動していく。
途中の沼垂貨物駅は・・・・。

まるで死んだかの様に静まりかえっていて・・・。
この後日、沼垂貨物の錆取りしか来ないDE10を待ち受けることになるのだが・・・・。

そしてかつての生家に値するアパートの前に立ち・・・・。

変わりゆく生家と自分を記録に遺す。(22:19)


住んでいた町の景色は、どこもかしこも、甘く切ない胸の記憶であって・・・・。
なりふりかまわず、なんでも撮り収めていた。必死に、必死に感度を上げて
シャッター速度を稼いで、時には三脚をたてて・・・。


私は、そう、沼垂に存在していたのだ。Ah,I was existing at Nuttari.

通勤客を乗せるバスも、なんの臆面もなく必死に撮って・・・。

万代橋を、駅側北、古町側北、南、駅側南と、4方向全部から撮って、

ホテルに戻って、N13、第13回新潟旅行の一日目はこうして終わりを告げた。
寝たのは1時前ぐらいだっただろうか・・・。
飲んだくれていて、あまり記憶がない。

<2日目に続く>